『脂は悪い』はなぜ常識になった? 食と健康情報の裏側を考える

少し前まで、脂質はずいぶん悪者にされていました。

「脂を食べると太る」
「コレステロールは怖い」
「肉の脂身は残したほうがいい」
「バターより植物性の油脂を」
「できるだけ低脂肪の食品を」

そんな言葉を、長い間聞いてきたように思います。

スーパーに行けば、

「低脂肪」
「脂肪ゼロ」
「ノンファット」

と書かれた商品がずらり。

ところが最近はどうでしょう。

MCTオイル、オメガ3、良質な脂質、グラスフェッドバター、アボカド、ナッツ……。

今度は「脂質をきちんと摂りましょう」という話をよく耳にするようになりました。

いったい、何が変わったのでしょう?

私はここに、栄養学だけではない「健康の常識が作られていく仕組み」が見えるような気がして、とても興味を持っています。

そもそも、なぜ「脂=悪者」になったのか?

1950~60年代、欧米では心筋梗塞などの心血管疾患が大きな問題となり、

「食生活の何が関係しているのか?」

という研究が盛んに行われるようになりました。

その中で注目されたのが、食事に含まれる脂肪やコレステロールです。

やがて、

「脂肪の摂取を減らすことが、心血管疾患の予防につながるのではないか」

という考え方が広がっていきました。

ただし、当時からすべてが明快に決着していたわけではありません。

1961年に医学誌JAMAに掲載されたレビューでも、食事中の脂肪と冠動脈疾患の関係について、まだ十分に解明されていない点があることが述べられていました。

科学の世界では、本来いろいろな仮説が検討され、研究が積み重ねられていきます。

ところが、それを一般の人に伝えるとなると事情が変わります。

「脂質にはさまざまな種類があり、食事全体や生活習慣との関係を考えましょう」

では、ちょっと難しい。

それよりも、

「脂を減らしましょう」

のほうが、圧倒的に分かりやすい。

こうして複雑な栄養学が、シンプルな健康メッセージへと変換されていったのではないでしょうか。

「低脂肪」が大きな市場になった

健康政策や栄養指導によって「脂肪を控える」という考え方が広まると、食品産業もそれに応えます。

「低脂肪」
「脂肪○%カット」
「ノンファット」

が、商品の魅力になりました。

ここが面白いところです。

脂肪には、料理にコクや滑らかさ、満足感を与える役割があります。

そのため商品によっては、脂肪を減らしたことで失われた食感や風味を補うために、糖類やでんぷん、香料などを利用することがあります。

つまり、

「脂肪を減らした加工食品」という新しい市場が生まれた。

私は、ここを単純な陰謀として考える必要はないと思っています。

誰か一人が、

「脂を悪者にして儲けよう!」

と世界を動かしたわけではない。

そうではなく、

科学・行政・食品産業・広告・メディア・消費者心理。

それぞれが影響し合いながら、その時代の「健康の常識」が作られていった。

こちらのほうが現実に近いのではないでしょうか。

砂糖業界が研究に関与していたという事実

さらに、この歴史を調べていくと興味深い資料が出てきます。

2016年、JAMA Internal Medicineに、1960年代の砂糖業界と心血管疾患研究との関係を調べた歴史研究が発表されました。

そこでは、当時の砂糖業界団体Sugar Research Foundationが研究者に資金を提供し、砂糖よりも脂肪やコレステロールを冠動脈疾患の原因として強調する方向の文献レビューに関与していたことが、内部文書から示されています。

これは、とても考えさせられる話です。

ただし、

「砂糖業界が脂肪悪玉説を作った」

とまで単純化するのも違います。

脂肪と心血管疾患については、それとは独立した研究も数多く行われていました。

大切なのは、

科学研究も社会や経済から完全に切り離された場所で行われているわけではない

ということを知っておくことではないでしょうか。

研究費はどこから出ているのか。

誰が研究を依頼したのか。

どの結果が大きく報道されたのか。

どの商品が売れるようになったのか。

健康情報を見るとき、そんな視点を少し持ってみるのも大切だと思います。

では現在、「脂質は身体にいい」と分かったの?

ここも注意が必要です。

昔、

「脂は悪い!」

だったものが、現在は、

「脂は身体にいい!」

に180度ひっくり返ったわけではありません。

脂質は、そもそも身体に必要な栄養素です。

細胞膜を構成したり、必須脂肪酸を供給したり、脂溶性ビタミンの吸収を助けたりするなど、さまざまな役割があります。

WHOも現在、脂質を身体に必要な栄養素として位置づけています。その一方で、脂質なら何でもよいということではなく、量と質の両方が重要だとしています。

つまり、考え方が、

「脂を食べるか、食べないか」

から、

「どんな脂を、どのくらい、どんな食事の中で摂るのか」

へ変わってきた、と考えるほうがよさそうです。

今度は「良い脂」が商売になる

そして私は、ここも忘れないようにしたいと思っています。

かつて、

「低脂肪!」
「脂肪ゼロ!」

という言葉が商品を売る力を持っていたように、現在は、

「MCT」
「オメガ3」
「ギー」
「グラスフェッド」
「ココナッツ」

といった言葉が、商品の付加価値になっています。

つまり、「脂質は大切」という現在のブームも、経済とは無関係ではありません。

昔、

「脂は悪いらしい!」

と信じて低脂肪商品を選んでいた人が、

今度は、

「MCTがいいらしい!」
「オメガ3がいいらしい!」

と無条件に飛びついてしまったら、結局同じことなのかもしれません。

健康の主役が入れ替わっただけです。

食品に「善」と「悪」の札を貼らない

私は最近、ここをとても大切にしたいと思っています。

脂が悪い。

糖が悪い。

植物油が悪い。

飽和脂肪酸がいい。

MCTがいい。

そんなふうに一つの栄養素や食品を「善」「悪」に分けてしまうと、とても分かりやすい。

でも、人間の身体も食事も、そんなに単純ではありません。

だから私は、

「それ、本当?」

と一度立ち止まってみたい。

誰が言っているのか。

根拠になった研究は何なのか。

反対の研究はないのか。

研究資金はどこから出ているのか。

その情報によって得をする人は誰なのか。

その食品は何から、どうやって作られているのか。

そして最後に、

「私の身体はどう感じている?」

と、自分自身にも戻ってくる。

健康の「正解」を覚えるより、自分で選べる知恵を

これは、私が今考えている「ごきげん養生」にもつながっています。

昔から伝わってきた食の知恵も学びたい。

中医学や薬膳も学びたい。

現代の栄養学や医学も知りたい。

発酵や世界各地の食文化にも興味があります。

でも、

どれか一つを「絶対の正解」にはしたくない。

昔の知恵だから正しい。

最新研究だから正しい。

有名な先生が言っているから正しい。

そんなふうに決めてしまうのではなく、

知る。
考える。
試してみる。
身体を観察する。
そして自分の暮らしに合うものを選ぶ。

そんな力を持っていたいと思っています。

健康情報は、これからも変わるでしょう。

10年後には、今の「常識」がまた変わっているかもしれません。

だからこそ、

健康の正解を教えてもらうのではなく、自分で選べる知恵を持つ。

そして、健康になるために怖がったり、我慢したり、頑張りすぎたりするのではなく、

美味しく食べて、よく眠って、身体を動かして、笑って暮らす。

そのために必要な知識を、柔軟に取り入れていく。

それが、これから私が深めていきたい

「ごきげん養生」

です。🌿